まだ迷ってるの?   mikiwame’s diary

後戻りの出来ない人生において付きまとう様々な「迷い」「悩み」と戦うISSHERNのブログ

『実録 脱・貧乏家族』第31話 9時間の激闘! その行方は?!

予定日を大幅に過ぎ、
促進剤による出産を余儀なくさえれた妻は
くしくも脱・貧乏家族の母の誕生日に
入院することになった。



その翌日に促進剤を投与し
陣痛を促し出産を行う予定だったので
入院当日夜、僕らはそれぞれ
産婦人科と脱・貧乏家族邸で
Lineをして、励まし合った

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夜が明け、心配であまり寝つけなった僕は
妻にすぐにLineし、早めに病院に
向かうことを伝えた。


朝から、色々検査をした後
午後から促進剤を投与するというので
それに合わせて僕も仕事を片付けて
産婦人科へ向かう段取りをしていた


しかし、その日に限って、朝からトラブルが
発生したり何かと対応に追われていた


昼を超えたくらいにようやく
落ち着き始めたころ
妻からラインが入った

促進剤の投与が始まったらしい


付き添いもいない中
不安な状況だったが
その時に対応できる人はいなかった


僕の母は重度の白内障を患っていた為
付き添いをしても、あまり目が見えていないので
妻は一人で頑張るしかない状況だった


僕は急いで会社を早退し
産婦人科へ向かったが
到着したのは午後2時くらいのことだった


到着して部屋へ向かうと
管に繋がれ、横たわって苦しそうにしている
妻がそこには居た。


僕が大丈夫?と空気読めてない言葉をかけると
大丈夫じゃない!と即答でかえってきた


それはそうだ。

僕は即座に反省し、妻がどうしてほしいか聞くと
腰をさすってほしいと言われ
午後2時から腰をさすり始めた


陣痛の記録も自分で取るように言われていた妻は
その記録さえ書くのが辛そうだったので
その記録も僕が代筆して取るようにした


それから数時間が経過した


もう夕暮れ時


陣痛は来る者のまだ周期的に出産までは
遠い段階だと言われた


その時促進剤を投与し始めて6時間が経過していた


その痛みは尋常じゃないらしく
妻はその痛みに耐え続けていた


それをどうしようも出来ない
僕は無力さを感じた


看護婦さんが時折やってきては
もう少しもう少しと励ましてくれて
ついにその時を迎えた


出産の前兆でもある周囲に入ったのだ


このとき、なんと促進剤投与後、
8時間が経過していた


すぐに分娩室に入るように言われた


その痛みの中、分娩室までは少し歩くように言われ
妻と共に歩いて分娩室に向かうと
なんとエレベーターから父が表れた

心配して仕事帰りに様子を見に来たのだ


父は状況を察し
僕も今から分娩室に入ることを伝えると
父はすぐに帰っていった


分娩室は、畳の上に布団が敷いてある和室


これは入院時に選ぶことが出来たので
妻が選んだものだ


フリースタイル分娩を推進してた
産婦人科の意向でもあった


そして・・・

To be continued・・・


次回の
『実録 脱・貧乏家族』第32話
9時間半の激闘
ついに脱・貧乏家族第一子現る!
を、お送りします。

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